練習中は水分補給NG!?「水を飲むとバテる」という謎理論 - physica

今では考えられない話ですが、かつて(明治後期〜昭和後期)のスポーツ界には「練習中に水を飲んではいけない」という風潮が、割と本気で根付いていました。

昭和生まれの方の中には、学校の体育や部活動でそういう指導を受けた方も多いのではないでしょうか。

運動中に水を飲んではいけなかった理由

当時言われていた練習中に水を飲んではいけない理由、それは大体こんな感じです。

「水を飲むと根性がなくなる」
 ▲根性論。まあ分かる。

「水を飲むと胃が重くなって動けなくなる」
 ▲競技によってはあるかも?

「水を飲むとバテる」
 ▲!?

根性云々は特に学校体育の現場で言われていたようですが、これは体育自体が富国強兵政策の一環として生まれたという背景を考えれば、精神鍛錬の一種としてなんとなく分かります。

胃が重くなったりタプタプして動きにくくなるといのも、当時は吸収の速いスポーツドリンクなどなかったでしょうし、一度に大量に飲めば胃に溜まってしまうのも事実なので、ギリギリ理解できます。

まさかの水バテ理論

しかし、水を飲むとバテるというのだけは本当に意味がわかりません。

一応、考えられそうな根拠として「低ナトリウム血症(※)の予防」がなくもないですが、日本でこれの臨床研究が行われるようになったのが昭和中期なので、それ以前に水を飲まない指導がされていた根拠としては(経験則で症状を知っていたとしても)弱い気がします。

※低ナトリウム血症:いわゆる水中毒。水を多飲することで血中のナトリウム濃度が下がり、だるさや疲労感などに繋がる。進行すると意識障害や痙攣を起こして命にも関わる。

「水を飲むとバテる」のルーツ

そんな水バテ理論ですが、その元ネタとして最も有力とされているのが、明治時代の教育者・スポーツ指導者 武田千代三郎 の「水抜き油抜き」というトレーニング理論です。

▲武田千代三郎(1867〜1932)

これについて、日本におけるスポーツ指導書の元祖とも言える氏の著書『理論実験競技運動』に、次のようなことが書かれています。

水分を制限して余分な体内の水分を排出すると、まず汗の量が少なくなる。次に、血液の濃度が高くなり、多くの酸素を取り込めるようになるため、心臓の負担が大きく軽減される。適切なトレーニングを積んだ競技者が、どれほど激しい運動中でも比較的心拍数が落ち着いており、長時間リズムを乱さずに活動できるのは、まさにこのためである。

つまり、「水分を減らした方がVO2max(最大酸素摂取量)が増える」と説かれているのです。

現在から見るとかなりトンデモな理論ですが、何と言ってもスポーツ指導の第一人者が提唱している理論なので、当時の指導者たちが最新の知見として受け入れるには十分な根拠に思えます。

んなこたぁない

当然、現在この理論は否定されています。

まず

>血液の濃度が高くなり、多くの酸素を取り込めるようになるため、心臓の負担が大きく軽減される。

というのが誤りで、血液の濃度を上げたところで体が酸素を取り込む量は変わりません。水分を失って血液が濃くなったからといって、ヘモグロビン(酸素を全身へ運ぶタンパク質)の数そのものが増えるわけではないからです。

しかも血液が濃くなれば血液の流れが悪くなり、心臓はより強く働かなければなりません。心臓の負担は減るどころか増えてしまいます。

また

>適切なトレーニングを積んだ競技者が、どれほど激しい運動中でも比較的心拍数が落ち着いており、長時間リズムを乱さずに活動できるのは

心臓が1回の拍動で送り出す血液の「量」が多いからです。「濃度」は関係ありません。

今では常識になった水分補給

水分補給

現在では、水分補給は運動パフォーマンス向上のための重要な戦略です。

昔の指導者たちが聞いたら驚くかもしれませんが、今や「上手に水を飲むこと」もトレーニング技術の一つなのです。

こまめな補給はもちろん、汗で失われるナトリウムなどの電解質も考慮しながら補給することも重要です。水バテ理論が常識だった時代と比べて、夏場の平均気温が5℃近く上がっていることも無視できません。

とはいえ、常識は時代とともに移り変わるもの。再び水バテ理論が常識になる日が来ないとも言い切れませんね。

この記事のライター

physica編集部

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