データで見る伊能忠敬〜地球一周分を歩いた55歳の挑戦〜 - physica
歴史の教科書でもお馴染み、「日本地図を作った人」こと伊能忠敬。

左:伊能忠敬(1745-1818)/ 右:伊能忠敬らによって作製された「大日本沿海輿地全図(伊能図)」
彼の功績を数字で追ってみると、フィットネス目線で見ても彼はとんでもない偉人だということがわかります。
総歩行距離は地球一周分!?
伊能忠敬が全国測量で歩いた距離は、約3.5万〜4万km(※)といわれています。
※1800年の第1次測量(東北・北海道南部)から1816年の第10次測量(江戸)までの通算距離。諸説あり。

地球一周は約40,075km。つまり――ほぼ地球一周分。
彼はこれを、今と違って舗装されていない道を重い測量機材を持参しながら、約17年間にわたり全国を歩き続けました。
フィットネス的に見る伊能忠敬のデータ
まず、伊能忠敬の基本データとして、彼が当時着ていた着物の丈から
身長:約160cm
体重:約55kg
歩幅:約69cm
であることが推測されています。
ここから計算した、彼が17年間の活動で要したであろう諸々のデータがこちら。
総歩行距離:約35000km
総歩数:約5000万歩
総歩行時間:約8625時間
総消費カロリー:約150万kcal
総脂肪燃焼量:約124.5kg
もはや一生分の有酸素運動レベル。
伊能忠敬のモチベーション

日本地図を作った人として有名な忠敬ですが、彼の本当の目的は“正確な暦”を作ること。それには正確な地球の大きさ(緯度1度の距離)を知る必要があったので、当時正確な地図を必要としていた幕府のプロジェクトに参加するかたちで測量の旅に出ました。
つまり、忠敬にとって歩くことは単なる仕事ではなく、自身の夢を実現させるための手段だったのです。
また、このために忠敬は、常に歩幅を69cmに保つ歩き方を訓練によって身に付けていたと言われています。

これはダイエットや筋トレも同じでしょう。“なぜやるのか”が明確だと続きやすいし、一度習慣化してしまえば、継続に大きな労力も必要としません。
ちなみに、忠敬が第1次測量の旅に出たのは55歳の時。ややもすれば「体力が落ちてきた」と言い訳しがちな年代ですが、それでも明確な目標を持ち前に進み続けたその姿は、彼の遺したデータ以上に私たちに響くものがあります。
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